「知性の来歴」を始めます
いくつかのアイデアが、実際に動くものへと変わりました。
きっかけは、生成AIと対話しながらものをつくる「バイブコーディング」でした。作りたいものを言葉で伝え、動きを確かめ、うまくいかないところを相談しながら直していく。そうして、頭の中にあった複数のアイデアを、自分の手元で動く形にすることができました。
驚いたのは、作業の速さだけではありません。
AIは、すでに技術を持つ人の能力を高めるだけでなく、これまで作り手ではなかった人を、新たな作り手に変える可能性を持っている。人間が学び、考え、何かを生み出す方法そのものが、変わり始めている。
そのことを、自分自身の体験として実感しました。
この技術は、どこから来たのか
目の前で起きたことに驚くほど、その背景を知りたいと思うようになりました。
これほど大きな変化をもたらし得る人工知能は、どこから来たのでしょうか。
いま私たちが使っている生成AIは、突然生まれたものではありません。
機械は考えることができるのか。知性は記号の操作として表せるのか。人間の脳をまねれば、知能をつくれるのか。大量のデータから言葉を学ぶことで、機械は意味を理解するのか。
人工知能の歴史には、こうした問いに向き合ってきた人々の試みがあります。大きな期待を集めた時代もあれば、期待に応えられず、研究が停滞した時代もありました。異なる知能観が競い合い、かつて実現できなかった構想が、技術の進歩によって何十年後かに再び動き始めることもありました。
現在のAIは、その長い積み重ねの先にあります。
AIの歴史は、いまも続いている
けれども、AIの歴史は、過去の出来事を並べれば完成する物語ではありません。私たちはいま、その続きを生きています。
AIの能力は何によって伸びるのか。モデルを大きくし続けることは、知能への道なのか。機械の推論と、人間の思考は何が同じで、何が違うのか。技術は広く公開するべきなのか、それとも慎重に管理するべきなのか。AIによって豊かになるのは誰なのか。そして、人間の仕事、学び、創造、判断はどう変わっていくのか。
こうした問いは、研究室の中だけにあるものではありません。AIを開発する企業の方針、技術をめぐる国際競争、法律や制度の設計、そして私たち一人ひとりの生活につながっています。
AIをつくり、方向づける人々の言葉にも注目したいと考えています。
アラン・チューリングやマービン・ミンスキーが考えた知性と、サム・アルトマンやリャン・ウェンフェンが構想する知性は、どこでつながり、どこで異なるのでしょうか。彼らの発言や選択の背後には、技術をどう進歩させるかという戦略だけでなく、知性とは何か、どのような未来を実現したいのかという考えがあります。
過去の思想は、現在を理解する手がかりになります。そして、いま生まれている技術や議論もまた、やがてAIの来歴の一部になります。
速報ではなく、文脈を残す
AIをめぐっては、毎日のように新しいモデル、サービス、研究、発言が現れます。そのすべてを追いかけることはできません。追いかけたとしても、速さだけを競えば、多くの情報はすぐに次の話題へと押し流されてしまいます。
「知性の来歴」は、速報メディアを目指しません。
新しい出来事を扱うときにも、「何が発表されたか」だけで終わらせず、それがどのような研究の延長にあるのか、どのような原理で成り立っているのか、誰のどのような考えが背後にあるのかを確かめます。
半年後、数年後に振り返ったときにも、その出来事を考える手がかりになる文章を残したいと思っています。
このサイトで扱うこと
「知性の来歴」では、主に五つの角度からAIを扱います。
AIの歴史
人工知能以前の構想から、記号主義、ニューラルネットワーク、AIの冬、深層学習、生成AIまで。単なる年表ではなく、それぞれの時代に知性がどう捉えられていたのかをたどります。
AIの原理
機械学習、誤差逆伝播、Attention、Transformer、など。数式や専門用語だけに閉じず、なぜその方法が生まれ、何を可能にしたのかを考えます。
人物と思想
過去と現在を分けず、AIをつくり、方向づけてきた人々を取り上げます。その人物は知性をどう捉え、何を実現しようとし、どのような未来を構想しているのか。経歴の紹介にとどまらず、その考えをたどります。
AIの現在地
重要なモデルや研究、企業の戦略、オープンとクローズドをめぐる動き、AIエージェントなど、現在進行中の変化を扱います。ただし、話題の紹介ではなく、歴史・原理・思想の中に位置づけます。
AIと人間・社会
仕事、教育、創造性、著作権、責任、セキュリティ、規制、そして人間の判断や主体性。AIが社会をどう変えるのかだけでなく、AIによって私たちの人間観がどう変わるのかを考えます。
学びながら、書いていく
私は、サイバーセキュリティとデジタル関連法規制に携わる実務家です。一方で、AI研究者でも、機械学習の専門家でもありません。AIによる変化を自分の身近なところで体験し、その正体をもっと深く理解したいと考える一人の学び手です。
だからこそ、専門家の議論をそのまま並べるのでも、難しい内容を過度に単純化するのでもなく、背景や文脈を大切にしながら、一般の読者にも伝わる言葉で書いていきたいと思います。
調べたことと、自分が考えたことは、できるかぎり区別します。分からないことを、分かったふりはしません。新たに学んだことによって見方が変われば、過去の記事も見直します。
完成した知識を教える場所というより、AIについて理解を深め、その過程を読者と共有する場所にしていきたいと考えています。
知性の来歴をたどる
AIを理解することは、人間が知性をどのように捉え、何を機械に委ねようとしてきたのかを理解することでもあります。
技術の先には、いつも人間がいます。何を知性と呼ぶのか。何を進歩と考えるのか。何をつくり、何を守り、どのような社会を望むのか。AIについて考えることは、そうした人間自身の問いに戻ってくるように思います。
速報より背景を。
断片より文脈を。
流行より、長く残る理解を。
AIはどこから来て、いまどこにいて、これからどこへ向かうのか。
その来歴を、一つずつたどっていきます。
