本記事は、連載「AIの歴史」(全11回)の第3回です。
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これまでの2回では、1950年のチューリングと、1956年のダートマス会議を取り上げました。ここで一度、時計の針を巻き戻してみます。
「機械は考えることができるか」という問いも、「知能をシミュレートする」という発想も、20世紀に突然現れたものではありません。その根は、コンピュータが存在するよりずっと前、300年以上前まで遡ります。
「計算しよう」 — ライプニッツの夢
17世紀、哲学者で数学者のゴットフリート・ライプニッツは、四則演算を機械的に行う計算機(いわゆる段階計算機)を設計しました。ブレーズ・パスカルが1642年につくった加算専用の計算機から、さらに一歩進んだものです。
しかしライプニッツの野心は、計算機そのものよりずっと大きなところにありました。彼は、あらゆる概念を厳密な記号で表す「普遍記号法」と、その記号を機械的な規則で操作することで正しい結論を導く「推論の計算法」を構想していました。1685年に書いた文章には、こうあります。
人々のあいだに論争が起きたとき、私たちはただこう言えばよいのです。さあ、計算しましょう(Calculemus)、と。
意見の対立や哲学的な論争さえも、計算によって決着をつけられるはずだ。ライプニッツはそう考えていました。思考そのものを、記号操作という機械的な手続きに置き換えられるという発想です。これは、後の記号主義AIの最も古い先祖にあたる考え方だといえます。
バベッジとラブレス — 設計図の中の機械
19世紀、イギリスの数学者チャールズ・バベッジは、階差機関、続いて解析機関という、より野心的な機械を構想しました。解析機関は、記憶を担う「store」と、演算を担う「mill」を備え、パンチカードによってプログラムを変更できる、汎用計算機の設計でした。当時の製造技術ではその精度を実現しきれず、バベッジの生前に解析機関が完成することはありませんでした。
この解析機関について、最も詳しい記録を残したのが、詩人バイロンの娘であり数学者でもあったエイダ・ラブレスです。彼女は1843年、イタリアの技術者メナブレアによる解析機関の紹介記事を英訳し、原文よりもはるかに長い注釈を付け加えました。その中の「注釈G」には、いまも引用され続ける一節があります。
解析機関は、何かを創造するという野心を一切持っていません。私たちが命令の仕方を知っていることなら、何でも実行できます。
機械は与えられた手続きを実行できるが、自分から何かを生み出すことはない。ラブレスのこの指摘は、前々回取り上げたチューリングの1950年の論文でも「ラブレス伯爵夫人の反論」として直接引用され、真正面から検討の対象になっていました。100年以上の時を超えて、同じ論点が引き継がれていたことになります。
マカロック=ピッツ — 神経を論理に置き換える
1943年、神経生理学者ウォーレン・マカロックと論理学者ウォルター・ピッツは、「神経活動に内在する観念の論理計算」という論文を発表しました。
二人は、神経細胞の興奮を「発火する」か「発火しない」かの二値で捉え、単純化された神経細胞のネットワークが、論理演算(否定、論理積、論理和など)を表現できることを数学的に示しました。さらに、こうしたネットワークが計算できることの範囲は、チューリングが定義した「計算可能性」と一致することにも触れています。
この論文は、その後二つの異なる方向に影響を与えていきます。一つは、論理や記号操作によって知能を実現しようとする記号主義の系譜。もう一つは、神経細胞を模したネットワークによって知能を実現しようとするコネクショニズムの系譜です。次回取り上げるパーセプトロンも、この論文を直接の起点としています。一つの論文が、後にAI研究を二分することになる両方の潮流の源になっていたわけです。
ウィーナーの「サイバネティクス」 — 機械と生物をつなぐ視点
1948年、数学者ノーバート・ウィーナーは『サイバネティクス—動物と機械における制御と通信』という本を出版しました。「サイバネティクス」はギリシャ語の「舵取り」を意味する言葉から、ウィーナー自身がつくった造語です。
ウィーナーは、第二次世界大戦中に高射砲の照準を自動で補正する装置の研究に携わった経験から、機械が自分の出力を観測し、目標との誤差をもとに動作を修正する「フィードバック」の仕組みに注目しました。そして、このフィードバックによる制御は、機械だけでなく、生物の神経系にも共通して見られる原理だと考えました。体温を一定に保つ仕組みも、目標物を狙う高射砲も、同じ数学で記述できる。ウィーナーは、機械と生物を貫く一つの理論として、サイバネティクスを構想したのです。
前回取り上げたダートマス会議の提案書で、マッカーシーたちが既存の言葉を避け、あえて「人工知能」という新しい言葉を選んだことに触れました。そのとき避けられた「既存の言葉」とは、まさにこのウィーナーのサイバネティクスを指しています。
一つの問いでつながっている
ライプニッツの「Calculemus」、バベッジとラブレスの解析機関、マカロック=ピッツの神経モデル、ウィーナーのサイバネティクス。時代も専門も異なるこれらの試みには、共通する一本の糸が通っています。
思考や知性は、機械的な手続きに置き換えられるのか。それとも、機械にはどうしても届かない何かが残るのか。
ライプニッツは前者に賭け、ラブレスは後者の限界を指摘しました。この対立は、300年近くを経ても解消されないまま、記号主義とコネクショニズムの対立として、そして現在の大規模言語モデルをめぐる議論として、形を変えながら続いています。
分からないままにしていること
この記事で取り上げた誰一人として、「思考は計算に還元できる」という主張を証明してはいません。それは、依然として推測にとどまっています。
興味深いのは、この推測を検証する方法そのものが、300年間ずっと同じ形をとってきたことです。「実際にそれらしく振る舞う機械をつくってみせる」という方法です。ライプニッツの計算機も、バベッジの設計図も、マカロック=ピッツのモデルも、ウィーナーの制御理論も、そして現在の生成AIも、この意味では同じ土俵の上にあります。
設計図と、実際に動くもの
筆者がこのメディアを始めるきっかけになったのは、バイブコーディングでした。頭の中にあったアイデアを、生成AIと対話しながら、その場で動く形に変えていく経験です。
この記事を書きながら、あらためて考えさせられたのは、アイデアと実現のあいだの距離という問題です。バベッジが解析機関を設計したのは1830年代から40年代にかけてですが、それを実際に動く形で見せたのは、彼の死から100年以上あとの研究者たちでした。ラブレスが「注釈G」に書いた考察も、実物の解析機関がないまま、設計図と数学的な記述だけを頼りに書かれたものです。
かつては、アイデアを思いつくことと、それを実際に動かして確かめることのあいだに、何十年、何百年という距離がありました。いま、その距離は劇的に縮まっています。この落差の大きさこそが、この300年の歴史全体を振り返って、筆者が最も驚かされる点です。
それでは、次回の記事でお会いしましょう。
出典・参考文献
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Leibniz’s Philosophy of Mind”
(https://plato.stanford.edu/entries/leibniz-mind/) - Lovelace, A. A., Countess of. (1843). “Notes” to Menabrea’s “Sketch of the Analytical Engine Invented by Charles Babbage.”
(https://www.fourmilab.ch/babbage/sketch.html) - McCulloch, W. S., & Pitts, W. (1943). “A Logical Calculus of the Ideas Immanent in Nervous Activity.” Bulletin of Mathematical Biophysics, 5, 115–133.
(https://www.cse.chalmers.se/~coquand/AUTOMATA/mcp.pdf) - Nilsson, N. J. (2010). The Quest for Artificial Intelligence: A History of Ideas and Achievements. Cambridge University Press.
(https://ai.stanford.edu/~nilsson/QAI/qai.pdf)
