本記事は、連載「AIの原理」(全11回)の最終回です。

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これまでの回では、主に「一つの質問を投げかけ、一つの答えが返ってくる」という、一往復のやり取りを前提に説明してきました。しかし、いま広がりつつあるAIの応用は、これだけにとどまりません。複数の手順を自分で組み立てて実行したり、調べものをしながら作業を進めたり、文章と画像を同時に扱ったりするAIが、すでに実際に使われています。連載最終回では、この「AIエージェント」と「マルチモーダルAI」という二つの言葉を取り上げます。

AIエージェントとマルチモーダルAIとは何か

AIエージェントとは、大まかに言えば、大規模言語モデルを「頭脳」として、目標を達成するために必要な手順を自分で組み立て、道具を使いながら、行動を重ねていく仕組みのことです。人間が一つひとつの手順を逐一指示しなくても、目標だけを与えれば、そこに至る道筋をある程度自分で判断して進めていきます。

マルチモーダルAIとは、文章だけでなく、画像、音声、動画といった、複数の種類のデータを、一つのモデルの中で扱えるAIのことです。文章専用のモデルと、画像専用のモデルを別々に用意してつなぎ合わせるのではなく、一つの仕組みの中で、複数の種類の情報を関連づけて処理します。

ReAct—一語ずつのリレーから、一手ずつのリレーへ

第5回で、大規模言語モデルが文章を生成する仕組みを、一語ずつのリレーにたとえました。次に来る言葉を一つ予測し、それを付け加え、また次を予測する。この繰り返しで、まとまった文章ができあがるという説明でした。

AIエージェントは、この考え方を、言葉の生成から行動の選択へと広げたものだと考えることができます。次に生成すべきものが、単なる次の単語ではなく、「次にどんな行動を取るべきか」になるのです。2022年に発表された、影響力の大きい研究の一つに「ReAct」という手法があります。この手法は、モデルに、いきなり答えを出させるのではなく、「まず考える(推論)」「次に行動する」というステップを交互に繰り返させます。

考える段階では、これまでの状況を整理し、次に何をすべきかの計画を立てたり、見直したりします。行動する段階では、たとえば検索エンジンで事実を調べる、計算を実行するといった、外部の情報源とのやり取りを行います。そして、その行動から得られた結果を踏まえて、また次の「考える」段階に戻ります。この研究では、こうした外部の情報源とのやり取りを挟むことによって、事実に基づかない答えや、途中の誤りが後の判断に響いていく問題を、和らげられることが報告されています。

AIエージェントはなぜ道具を使うのか

第4回で見たように、モデルが持っている知識は、訓練に使われた文章の中に、副産物として蓄積されたものです。ということは、その知識は、基本的に、訓練に使われたデータの時点までのものに限られます。道具(ツール)を使えるようになるということは、この制約を、ある程度乗り越える手段を手に入れることを意味します。検索エンジンで最新の情報を調べる、計算プログラムで正確な数値を出す、外部のサービスに接続して実際の作業を行う。こうした道具の呼び出しも、先ほどの「行動」の一種です。モデルの中に固定的に蓄えられた知識だけに頼るのではなく、必要に応じて外の世界から情報を取りに行く。これによって、一つのモデルが対応できる範囲が大きく広がります。

マルチモーダルAIの仕組み

マルチモーダルAIの仕組みは、第4回のトークン化、第6回のTransformerという、これまで見てきた仕組みの延長線上にあります。

文章がトークンという部品に分解されて扱われていたことを思い出してください。画像も同じように、細かい断片(パッチと呼ばれる小さな区画など)に分解し、文章のトークンと同じような形式に変換することができます。音声も同様に、扱いやすい単位に分解できます。このように変換してしまえば、文章のトークンも、画像の断片も、同じTransformerという仕組みで、同時に処理できるようになります。

Googleが2023年に発表した「Gemini」というモデルは、こうした複数の種類のデータを、最初から一つのモデルの中で統一的に扱うことを重視して設計されたモデルの例です。文章と画像を別々に処理してから答え合わせをするのではなく、一つの共通の土俵の上で、両方の情報を関連づけながら処理するというのが、この設計の考え方です。

ニューロンからAIエージェントまでのつながり

第1回で見た、小さな判断を下すだけのニューロンから、今回のAIエージェントまで、この連載はひとつながりの道のりをたどってきました。ニューロンが層になり(第1回)、損失を減らす学習が加わり(第2回)、学習の型が分かれ(第3回)、大規模なデータでの事前学習と(第4回)、人間の評価による仕上げを経て(第5回)、Attentionという仕組みの上で(第6回)、規模が拡大され(第7回)、考える力を鍛えられ(第8回)、そして今回、道具を使い、複数の種類のデータを扱いながら、行動を重ねる存在へと広がってきました。ワールドモデル(第9回)やAGI・ASI・シンギュラリティ(第10回)をめぐる論争も、この広がりの先に何があるのかという問いをめぐって続いています。

AIエージェントの進歩はAGIに近づいていることを意味するのか

推論と行動を繰り返すエージェントの仕組みや、複数の種類のデータを統一的に扱うマルチモーダルの仕組みは、実際に性能の向上として確認されています。

ただし、課題も残っています。一つは、行動を何段階にも重ねるほど、途中のどこか一段階でも誤りが起きる可能性が積み重なっていくという問題です。ReActのような手法は、この問題を和らげることを目指していますが、なくしているわけではありません。もう一つは、より根本的な問いです。道具を使い、複数の種類のデータを扱い、自律的に行動を重ねられるようになったことは、前回取り上げたAGIやASIに近づいていることを意味するのでしょうか。それとも、個別の能力が積み重なっているだけで、知能の本質的な部分は、あまり変わっていないのでしょうか。この問いへの答えは、研究者のあいだでも一致していません。

出典・参考文献