本記事は、連載「AIの歴史」(全11回)の第5回です。
前回の記事はこちら
前回、1958年のパーセプトロンが、新聞や雑誌によって「独自のアイデアを持つ機械」ともてはやされたことを取り上げました。その熱狂から、わずか10年余り。1970年代に入る頃には、AI研究への資金は急速に細り、研究者たちは「冬」と呼ぶことになる時代を迎えます。
パーセプトロンの限界を、数学で示す
1969年、MIT の マービン・ミンスキーとシーモア・パパートが『パーセプトロン:計算幾何学序説』という本を出版します。二人は、パーセプトロンに何ができて、何ができないのかを、厳密な数学によって分析しました。
最も知られている結果は、単層のパーセプトロンが「排他的論理和(XOR)」を学習できない、というものです。XORとは、二つの入力のうち、どちらか一方だけが真であるときに真を返す関数です。この関数が表す境界は、一本の直線(あるいは平面)では二つのグループにきれいに分けられません。パーセプトロンの学習規則は、前回取り上げたとおり「線形分離可能」な問題にしか収束が保証されていなかったため、XORのような単純な問題でさえ、原理的に解けないことになります。
ここで公平のために触れておきたいのは、ミンスキー自身が神経回路網の研究に無縁の人物ではなかったという点です。彼は1951年、プリンストン大学の学生だった頃に、デディーン・エドモンズとともに「SNARC」という、神経回路網の原理に基づく学習機械を実際につくっています。パーセプトロンを外側から一方的に断じたのではなく、その内側を知る研究者による、内在的な批判だったといえます。
そして、本の第13章には、しばしば省略されて引用される一文があります。二人は、多層のパーセプトロンについて「これまでの単層の議論がそのまま当てはまると考える理由はない」と述べたうえで、こう続けています。
それでも私たちは、多層への拡張が実り多いものにならないだろうという私たちの直感的な判断を、明らかにする(あるいは反証する)ことは、重要な研究課題だと考えている。
つまり二人は、多層パーセプトロンの可能性を完全に否定したわけではなく、「有望ではなさそうだ」という直感を示しつつ、それを確かめること自体は重要な研究だと述べていたのです。この留保つきの一文は、後の受け止められ方の中で、しばしば失われていきました。
「言語の壁」も、同じ頃に立ちはだかっていた
資金が細ったのは、パーセプトロンをめぐる分野だけではありません。1966年、アメリカの科学諮問機関ALPAC(自動言語処理諮問委員会)は、機械翻訳の現状を評価する報告書をまとめました。結論は厳しいものでした。機械翻訳は、人手による翻訳よりも遅く、精度も低く、費用もかさむ。当面の実用化は見込めない、というものです。この報告書をきっかけに、アメリカにおける機械翻訳研究への資金は大きく削減されました。
ライトヒル報告書と、英国での大打撃
1973年には、イギリスの科学研究会議の依頼を受けた数学者ジェームス・ライトヒルが、「人工知能:概観」と題する報告書をまとめます。ライトヒルは、AI研究を応用分野・中枢神経系の研究・ロボット工学に分類したうえで、特にロボット工学や汎用的な問題解決の研究に厳しい評価を下しました。単純な設定ではうまくいく手法も、現実の複雑さを持ち込んだ途端に組み合わせ爆発を起こし、実用に耐えなくなる、という指摘です。
この報告書は、イギリスの学術機関におけるAI研究への信頼を大きく損ない、その影響は10年近く続いたといわれています。同年、BBCの討論番組では、ライトヒルと、ダートマス会議の当事者でもあるジョン・マッカーシーらAI研究者との間で、公開討論が行われました。マッカーシーは、報告書の分類そのものがAI研究の本質的な部分を見落としていると、文章でも反論を残しています。
楽観と悲観が、同じ問いをめぐっていた
前回取り上げたパーセプトロンへの熱狂と、今回の資金削減は、地続きの出来事です。同じ技術が、数年のうちに「独自のアイデアを持つ機械」から「原理的に解けない問題を抱えた仕組み」へと評価を反転させられました。
そして今回登場したジョン・マッカーシーは、連載第2回で取り上げたダートマス会議の提案者の一人です。自らが名づけ、育てようとした分野が窮地に立たされたとき、その擁護に回ったことになります。
ミンスキーが「重要な研究課題」と留保をつけていた多層パーセプトロンの可能性は、この後10年以上、大きく前進することはありませんでした。それが打開されるのは、次々回取り上げる、誤差逆伝播という学習手法が登場してからのことです。
何が重要で、何がまだ分からないのか
ミンスキーとパパートが証明したのは、あくまで「単層のパーセプトロンには、この種の限界がある」という、狭い範囲の数学的な事実でした。それ自体は、いまも正しい結果です。
しかし、この狭い結果が実際に及ぼした影響は、はるかに大きなものでした。神経回路網の研究全体への資金と関心が、10年以上にわたって細っていったのです。一つの正確な証明が、なぜそこまで大きな範囲に一般化されて受け止められたのか。数学的な結果と、それが社会や研究資金の配分に及ぼす影響との間には、常にこうした距離があるのかもしれません。
「狭い発見」と「広い対応」の間で
筆者は、サイバーセキュリティに関わる仕事をするなかで、脆弱性の報告を受け、その深刻度を評価し、どこまでの対応が必要かを判断する場面に日常的に関わっています。
ある脆弱性が「特定の条件下でしか成立しない」という、狭く正確な技術的事実と、その脆弱性を理由に「関連する仕組み全体を使うべきではない」という広い結論との間には、しばしば大きな距離があります。狭い発見をどこまで一般化して対応すべきかという判断を誤ると、必要以上に大きな機会を手放してしまうことにもなりかねません。
ミンスキーとパパートの本が投げかけたのは、まさにこの種の問いだったように思います。彼らが示したのは、単層パーセプトロンという特定の仕組みの、特定の限界でした。それが「神経回路網という発想全体への懐疑」として受け止められ、10年以上にわたる資金の停滞につながったことは、狭い技術的事実と、広い政策的判断との間の距離を測り違えると何が起きるかを示す、早い時期の実例だったのではないでしょうか。
それでは、次回の記事でお会いしましょう。
出典・参考文献
- Automatic Language Processing Advisory Committee. (1966). Language and Machines: Computers in Translation and Linguistics. National Academy of Sciences.
(https://www.nationalacademies.org/read/9547/chapter/1) - Lighthill, J. (1973). “Artificial Intelligence: A General Survey.”
(https://www.chilton-computing.org.uk/inf/literature/reports/lighthill_report/) - McCarthy, J. “Review of ‘Artificial Intelligence: A General Survey.'”
(https://www-formal.stanford.edu/jmc/reviews/lighthill/lighthill.html) - Nilsson, N. J. (2010). The Quest for Artificial Intelligence: A History of Ideas and Achievements. Cambridge University Press.
(https://ai.stanford.edu/~nilsson/QAI/qai.pdf)
